久我山稲荷神社

久我山稲荷神社

由緒

当社は古来久我山の鎮守で、明治40年4月に字北原にあった天祖神社を合祀しました。
天祖神社(神明社)の祭神は大日霎貴神、当時本殿(間口三尺・奥行三尺)、境内一反五畝余を有していましたが、稲荷神社に合祀したので 明治42年4月に境内地を処分しました。

久我山稲荷神社の例大祭は10月1日ですが、7月24日に夏祭が行なわれ、「湯の花神楽」を奉納しています。この由来は昔の地に疫病が流行した際、村人が鎮守で神楽を奉納し祈願したところ疫病が止んだという故事によります。当日は午後7時頃に大きな釜を境内に据え、周囲に注連縄を張り廻し、火を焚き湯を沸かし小笹をひたしては打振り、神楽を奉納します。神楽を奉納した後には、丸い小さな餅を参詣者に投げ与え、この夏祭を終えます。この湯立は杉並区では珍しい行事となってしまいました。なお、境内に「人心同」と刻した碑がありますが、これは明治32年に氏子が金玉均の手蹟を刻して奉納したものです。また 境内に元禄16年(1703)年の庚申塔がありますが、この庚申様に村人は砧の槌を納めて養蚕の無事を祈願していました。

例祭日

夏祭り 7月24日
秋祭り 10月第1週日曜日

御祭神

受持命(うけもちのみこと)


© Shimotakaido hamadayama hachiman Shrine